7-1『闇の中を動く者達』


 ――凪美の町。

隊員I「はぁ、また降って来た」

 暗い路地裏で、隊員Iが呟く。一時泣き止んだ夜空が再び泣き出したことに対する、不満の呟きだった。
 宿を後にした考幅と隊員Iは、夜闇の町に逃れたらしい邦人を追って、町の裏道を駆け巡っていた。

隊員E「見つからないな……」

 しかし賢明な捜索も空しく、邦人を発見するには至っていなかった。隊員Eは少し焦りの混じった声色で吐き出す。

隊員I「二曹、宿を出てそろそろ一時間経ちます。おそらく追いつくのは無理でしょう」

隊員E「ッ……」

 小声で会話を交わしながら、二人は裏路地の出口にたどり着く。路地は少し狭めの通りへと合流していた。

隊員E「待て」

 通りの先の覗き込んだ隊員Eが、隊員Iにだけ聞こえる声で静止を掛ける。隊員Eの視線の先には四人一組の警備部隊の姿が見える。警備部隊は身を隠した二人に気付く事はなく、そのまま通りを掛け抜けて行った。

隊員E「まずいな、警備隊の動きが活発になって来た……」

 通り過ぎた警備部隊の姿を視線で追いながら、隊員Eは苦々しい口調で呟く。

隊員I「二曹、奴等の後を付けましょう」

 しかしその時、隊員Eの後ろから、隊員Iがそんな発案をした。

隊員E「何?」

 隊員Iの発案に、怪訝な表情を浮かべる隊員E。

隊員I「ここの警備隊の駐留所を着いてみましょう。何か得られる物があるかもしれません」

隊員E「……いいだろう、行ってみるか」

 隊員Iの説明に、隊員Eは少し考えた後にその案を承諾。二人は行動を開始した。



隊員E「あれだ」

 通りを行く警備部隊を裏道を抜けて追いかけ、二人は警備隊の詰め所の一つにたどり着いた。

隊員E「小規模な詰め所だな」

隊員I「まぁ、二人で突くにはちょうどいいでしょう」

 樫端と隊員Iは路地に身を隠しながら、詰め所の様子を伺う。詰め所にたどり着いた四人一組の警備部隊は、詰めていた警備兵と少しの間何かを話していたが、やがて再び詰め所から出発、別方向へと駆けて行った。

隊員I「あの隊は出て行ったか」

隊員E「裏へ回るぞ」

 隊員Eと隊員Iは裏道を迂回して、詰め所の裏側へと回る。
 詰め所の裏側にあった窓は開け放たれており、内部の様子は容易に分かった。まだ自分たちが襲撃を受けるという事を想定はしていない様子だった。

隊員I「人数は二人、奥と出入り口側」

隊員E「出入り口側が厄介だな、奥側のヤツを無力化するのと同時に、掛かる必要がある」

 二人は互いにしか聞こえない声量で、襲撃の算段を交わす。

「まだ殺傷は最低限ですか?」

隊員E「……なるべくそう努めてくれ」

隊員I「了解、俺が出入り口側のヤツをやります」

隊員E「頼む――行くぞ」

 まず隊員Eが窓を越え、奥側の警備兵を襲撃した。

凪美兵F「ん?――ヅッ!?――ぐぅッ!?」

 警備兵の膝裏に蹴りを入れて無理や跪かせ、首に腕を回し締め落としにかかる。

凪美兵G「ッ!どうし――がッ!?」

 入り口側の警備兵が騒ぎに気付き、振り向きかけたが、その行動は遅かった。
 隊員Eに続いて詰め所に侵入した隊員Iが、すでに背後に迫っており、そしてその手に握られた9mm機関けん銃のグリップの底が、警備兵の後ろ首を直撃した。
 詰め所内にいた二人の警備兵は、ほとんど同時に気を失い、詰め所内の制圧は一瞬の内に完了した。

隊員I「今度はスムーズに行きましたね」

 隊員Iは、打撃により気絶した警備兵の体を、奥へ引きずり込みながら言う。

隊員E「……あぁ」

 その言葉に少し渋い顔で言葉を返しながら、隊員Eは締め落とした警備兵の体を寝かせる。そして二人は詰め所内の物色を開始した。
 お目当ての物はすぐに見つかった。
 詰め所内に置かれた机の上には、この町の地図が広げられ、そこには荒々しい書き込みがいくつもされていた。それらはいずれも邦人、並びに勇者の捜索に関する書き込みだった。

隊員I「まだこいつらも、邦人もその勇者のお姉ちゃんも未発見みたいだな」

隊員E「だが、確実に捜索範囲を潰して狭めている。ここの警備隊が邦人や勇者を発見し、確保するのは時間の問題だ……」

隊員I「………じゃあいっそ、ここの奴等に見つけてもらいましょう」

隊員E「は?」

 隊員Iのその言葉に、隊員Eはその表情をまたしても怪訝なものに変えた。

隊員I「ここの警備隊のほうが圧倒的に手数があるし、地の利もあります。ここの警備隊に邦人を見つけてもらうんです。そして警備隊が邦人を見つけた所で、俺達が横からそれを掠めとるんです」

隊員E「そんな事……うまく行くのか?だいたい、下手をすれば邦人に危険が及ぶ」

隊員I「多少のリスクは必要経費かと。どうせ予定道理邦人とコンタクトできなかった時点で、初期の作戦はご破算です。こっちもアテもなく彷徨うよりは、接触及び回収できる確率は高いと思いますが?」

隊員E「………本隊に許可を取る」



燐美の勇者「嘘でしょ……」

 燐美の勇者は、夕方に自分たちが借りた宿屋の一室で、立ち尽くし、絶句していた。そこで燐美の勇者達の帰り待っているはずの、院生の姿が無かったからだ。
 いや、それだけならまだ、部屋を一時的に出ているだけという希望が持てた。しかし、ひっくり返された院生の荷物、どういうわけか破かれたシーツ等の、部屋が荒らされた形跡が、燐美の勇者のそのわずかな希望を打ち砕いた。

燐美の勇者「院生さん!」

 燐美の勇者は院生の名を呼び、部屋内をひっくり返す勢いで彼女を探し出した。しかし広くはない宿屋の一室を探すのにさほど時間はかからず、部屋のどこにも院生の姿がないことはすぐに分かり、燐美の勇者は落胆する。

燐美の勇者「……ッ!院生さん……?」

 だがその時、彼女はベッドの下に人影のようなものを捉えた。院生の名を呼びながら、ベッドの下を覗き込む燐美の勇者。

燐美の勇者「え……う、うわッ!?」

 しかし、そこで目に入って来たものに、彼女は思わず叫び声を上げた。ベッドの下に横たわり、彼女の目の飛び込んで来たもの。それは女の死体だった。

燐美の勇者「死体……?それに、この人……ここの警備兵?な、なんで……」

 その死体はここの警備兵の制服を纏っていた。そしてどういうわけか、破いてひも状にしたシーツで拘束されていた。

燐美の勇者「院生さんが?いや、そんなわけない……」

 考えを巡らせる燐美の勇者だったが、その時、彼女の思考を遮るように、窓の外から物音が聞こえた。窓から眼下を見下ろせば、宿へと向かってくる7~8人の警備兵の姿が見えた。

燐美の勇者「ッ!まずい……ひとまず逃げなきゃ」

燐美の勇者は考えるの中断し、宿屋の一室を出ると、近くにあった窓を飛び越えた。そこは二階であったが、燐美の勇者は器用な身のこなしで難なく地上に着地。そして近くにあった路地の入口へ飛び込み、姿を隠す。

燐美の勇者「どういうことなの……院生さんはどこにいったの……?」

 燐美の勇者は混乱していた。
 院生はどこにいったのか。警備隊に捕まったの可能性もあるが、それにしては妙だ。そして謎の警備兵の死体。院生がやったとはとても思えない。

燐美の勇者「意味わかんない……」

 考えても、結局彼女が答えにたどり着くことはできなかった。

燐美の勇者「……何にしろ、もうボク一人じゃ無理だ……まずは、麗氷を救い出さないと。院生さん、どうなってるか分からないけど、少しだけ堪えて――」

 燐美の勇者は、奥歯を噛み締めて苦渋の決断を下す。
 まず仲間である麗氷の騎士の救出を最優先事項と定めると、彼女は夜闇の中へと姿を消した。



 町にある教会の鐘楼。そこに双眼鏡を手に眼下を見渡す隊員Iの姿があった。
 そこへ、コトと鐘楼の階段から音がする。

隊員I「フォトニック・レゾナンス」

 隊員Iは町を見下ろす行為を中止して振り向くと、階段に向けてそんな言葉を発する。

隊員E「クアンタム・ハーモナイザー」

 それに対してそんな旨の返答があり、そして階段から隊員Eが姿を現した。

隊員E「なんなんだこの合言葉は……?」

隊員I「深い意味はありませんよ。ただ、ここの住人の口から出てくることは、まずない言葉だと思いまして」

 怪訝と呆れの混じった顔で尋ねる隊員Eに、隊員Iは変わらぬ調子で返しながら、町を見下ろす作業へと戻る。

隊員E「変わりは?」

隊員I「ありませんね」

 横に来て尋ねて来た隊員Eに、隊員Iは端的に答える。

隊員E「見逃してないだろうな?」

隊員I「騒ぎが起これば嫌でも気づきますよ」

 結論から言えば、隊員Iの発案した作戦は本隊から許可が下りた。
 そして作戦を認可された二人は、町の広範囲が見渡せる協会の鐘楼に侵入して陣取り、町の警備隊の同行をそこから見張る事にしたのだ。

隊員E「そう願うが。俺は反対側を見張る」

 隊員Eは鐘楼内の反対側に位置取ると、隊員Iと同様に双眼鏡を構え、町の監視を始めた。

隊員E「……隊員I。お前はアルペンレンジャーと聞いたが、という事は原隊は第12準管区隊※か?」※(現実における第12旅団)

 監視を始めて一分ほど経過した所で、隊員Eは背中を向けたまま、隊員Iに向けて口を開いた。

隊員I「えぇ、12準管の13普連にいました。隊員E二曹は確か空挺団からでしたよね?」

隊員E「そうだ。空挺団、空挺普通科群が原隊だ」

隊員I「54普連に来たのは、やはり相互教育プログラムですか?」

隊員E「あぁ」

隊員I「お互い難儀な目に遭いましたね」

 部隊間相互教育プログラム。
 各隊が別部隊と一時的に隊員を交換し、互いの部隊の練度向上を図るための陸隊の施策だ。
 54普通科連隊も他部隊と一時的に隊員を交換しており、隊員Eや隊員Iもそれに該当する隊員であった。しかし問題部隊と名高い54普連に一時的とはいえ配属されることは、お世辞にも喜ばしいと言える事ではなく、隊員Iはその事を難儀と言って見せたのだった。

隊員E「……意味があって命じられた事だ。それに、どんな形であれ学ぶ事もあれば、逆に教えることのできる事あってある」

隊員I「前向きですね。疲れそうな考え方だ」

隊員E「はぁ、放っておけ……とにかく異変を見落とすなよ」

隊員I「レンジャー」

 隊員Eの言葉に、隊員Iは機敏さを感じさせないレンジャー隊員式の返答で返した。



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